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歌舞伎座ほか全国の公演情報

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  • 坂東三津五郎
    インタビュー 坂東三津五郎
    歌舞伎座新歌舞伎座新開場柿葺落 八月納涼歌舞伎
    8月2日(金) ~ 24日(土) 歌舞伎座(東京)

  • 新開場以来、大盛況が続く歌舞伎座の8月は、三部制の“納涼歌舞伎”が復活! 歌舞伎初心者にもなじみやすい演目が並ぶ中で、第二部の『梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)』(通称『髪結新三(かみゆいしんざ)』)、第三部の『棒しばり』に出演するのが坂東三津五郎。江戸の風情あふれる芝居の魅力と、亡き盟友・中村勘三郎との思い出を胸に新たに向き合う舞踊劇について、たっぷりと語ってもらった。

    江戸の季節感を感じて


    ――『髪結新三』の主人公・新三をなさるのは久々ですね。

    平成9(1997)年に国立劇場で演じて以来です。その間、ほかの役では何度も出てますけれど。子供の頃から紀尾井町のおじさん(二世尾上松緑)の新三をずっと観ていまして、おじさんが亡くなる直前に「次はお前が新三だな」と言っていただいたんです。結局それが私にとっての遺言のような形になって、後に現松緑さんの勝奴(新三の子分)で新三をさせていただきました。

    ――新三は“廻り”の髪結、今で言えば“流し”の床屋です。出入りしている材木問屋のお嬢さんを誘拐して身代金をせしめようとするとは……かなりのワルですね。

    そう、もともとは小悪党でしょうけど、ちょっといい男なんです。上総(かずさ)無宿(言わば千葉のチンピラ)だけど、気持ちは江戸っ子でやるもんでしょうね。勝奴が憧れる存在ですし。説得しに来た土地の顔役を鼻っ柱も強く追い返したかと思えば、自分が住んでいる長屋の大家にはまんまとしてやられてしまう。よく出来た芝居ですよ。

    ――鰹売りにホトトギスの鳴き声……初夏の風情も格別です。

    『髪結新三』
    『髪結新三』

    私は今まで、芝居の面白さに魅かれていたんです。でも作者の河竹黙阿弥が本名題(正式タイトル)を『梅雨小袖昔八丈』とした通り、梅雨という季節をみごとに芝居に取り入れているということに、自分が俳句を始めて気がついたんですよね。
    最初は大雨を避けるように通行人が行き交っている。その後、お熊(材木問屋・白子屋の娘)を乗せた駕篭に付いてきた勝奴が、ビチャビチャの道を飛び跳ねるように走っていく。雨がちょっと小やみになって、新三と忠七(お熊と恋仲の手代)が相合い傘で出て来る。途中で雨が止む。でも下はぬかるんでいる。そこで陰湿な新三の悪の部分が顔を出すわけです。じとじとと忠七をいじめて、ぬかるみに忠七を蹴っ飛ばし、「ざまァ見やがれ」と引っ込んでいく。と、パッと場面が変わると、梅雨の晴れ間、本当の意味の五月晴れ。「かつを~、かつを~!」と鰹売りがやって来て、新三は豪気に初鰹を丸々一本買う。値切るけど(笑)、「お釣りはいらねぇ」って言ってね。そのカラッとした江戸っ子気質。江戸の季節感が、新三の人格と情景にみごとにリンクしているんですよ。今まで何十年もこの芝居を観てきたけど、全然気がつきませんでした。黙阿弥さんはこういうところをうまく使っているんですね。現在では道路は舗装されちゃってるから(笑)ぬかるみもなかなかないけれど、ドロドロのところに一人取り残された忠七の思い、雨が止んだ後で靄がかかって行く先も見えない、そんなリアリティーがあるんです。

    ――そこに気づいてから演じるというのは何か心構えに違いが出るものですか。

    今までは新三という一人の人間の変化をどう見せるかということでしたけど、それが情景とうまくつながっているとなると、変わり目が不自然でなく出るんじゃないかな。前半は雲が低~くたれ込めている梅雨空、そして後半はガラッと変わって、本当に太陽が出て来てホトトギスが飛んでいるかのような晴天。場面の転換と、一人の人物の陰と陽とがうまく出れば、芝居の弾みになるのかなと思いますね。

    ――観るほうもそういうことを知っていると、より深く楽しめそうです。

    江戸庶民の生活を描く「世話物」の味を出すのは、時代と共にますます難しくなってはいますけどね。実際には観る側も演じる側も、江戸の暮らしを知らないわけですし。お客様にはわからないかもしれませんが、新三は貧乏長屋に住んでいるのに、象牙の箸を使っているんですよ。そこに新三という男のちょいとしたこだわりがあるんです。芝居の中で湯のみを箸で洗う時に、「チリチリチリチリ」という、いい音がします。その辺も芝居の工夫ですよね。

    ――う~ん、三津五郎さんの解説付きで観たくなりますね。では、初めてこのお芝居を観る人に伝えたい魅力とはどのあたりでしょう?

    今、テレビの地上波では時代劇のレギュラー番組はなくなってしまいましたよね。これまで時代劇が残っていたのは、日本人のDNAの中に、江戸時代の生活様式や物語に対する憧れや郷愁のようなものが残っていたと思うんです。それがついになくなったということは、歌舞伎にとっても同様にピンチです。『髪結新三』という芝居は、江戸末期ではありますけれどまさしく江戸時代を活写した世話物の大作ですから、歌舞伎が大切にしている江戸の町の雰囲気、町の人たちの生き方、そういった面白さをまず感じていただければと思います。「ああ、こういう人たちが生きていた世界なんだな」ってね。ほんのいっとき、歌舞伎座の中に江戸の風が吹くような雰囲気を味わっていただければ嬉しいですね。

    万感込めて次代につなぐ


    ――舞踊劇『棒しばり』については、やはり三津五郎さんと中村勘三郎さん、踊りの名手お二人による舞台を記憶している方も多いかと……。

    これはやるほうとしてもご覧になる方にしても、どうしても思いが重なりますよね。勘三郎さんと歌舞伎座8月の納涼歌舞伎を平成2(1990)年からずっと続けてきて、建て替え中の3年間だけお休みして、新しい歌舞伎座で納涼歌舞伎がまた始まるとなれば、きっとまず演目に選ばれていたでしょうし。今までは勘三郎さんが次郎冠者、私が太郎冠者でしたが、今度は私の次郎冠者、勘九郎君の太郎冠者でやります。もちろん、俳優は楽しくやらなきゃいけないんだけど、20年間の思い出が、二人が踊っている姿に重なってくるでしょうから。尽きせぬ思いはありますね。でも、いい『棒しばり』にしたいと思っています。

    ――三津五郎さんにとってはお家のゆかりの演目ですね。

    ええ、六代目尾上菊五郎と七代目坂東三津五郎、つまり私のひいおじいさんが初演した作品です。勘九郎君は六代目のひ孫にあたりますから、今度はひ孫同士の『棒しばり』ということになりますね。

    ――歌舞伎にはいろいろな舞踊がありますが、『棒しばり』のように狂言をもとにした作品のポイントはどこでしょうか。

    『棒しばり』
    『棒しばり』

    バタバタしないということですね。そこが一番難しいんです。狂言物の場合は、踊りじゃない部分が大きいんですよ。『棒しばり』だと40分程度の上演時間の中で、踊っている分数は二人合わせても12、3分くらいじゃないかな。喋っている間が長くて、どう雰囲気を作っていくかが大事なんです。私と勘三郎さんとは20代から一緒にやってきて、とにかく父たちから「そんなに汗かいてバタバタやってたらダメだ! 狂言物は10のうち7か8の力でふわっとやって、お客様に春風が吹くような雰囲気で仕上げるものだ」と注意されてました。笑いにしても「大笑いさせるんじゃなくて、思わず『ふふふ』と笑うような上品な笑いが一番いい」と。でも、そうは言われてもねぇ(笑)。20代、30代のうちはどうしても力が入ってしまうし、お互いに「負けたくない」という気持ちがありましたから。勘三郎さんとは8回やったんですが、7回目の千穐楽の日に、「やっと先輩たちに言われてきたことの入口に立てたような気がするね」って握手をしたんです。その時くらいから、『棒しばり』という作品が、ふわっとしたものになったような気がします。でもその境地には、「ただ一所懸命やる」トンネルを抜けないと至らないと思うんですよ。いきなりそこに行こうとすると、たぶん手抜きになる。だから今思うと、ああいう時期もやっぱり必要だったんでしょうね。

    ――今度はそれを勘九郎さんと作り上げていくんですね。

    私と勘三郎さんとで若い時からやってきて、少しはふわっとしたものになってきた。勘九郎君はまだ若いけど、その雰囲気を一緒にやってみて覚えていって、狂言物の伝統をつなげてほしいですよね。『棒しばり』にしろ『身替座禅(みがわりざぜん)』にしろ、狂言物は笑いもあってわかりやすいから普通にやっても面白いけれど、それを本当に上質なものに仕上げるのが難しいわけです。私と勘三郎さんはそこに挑戦してきたので、楽しそうにやりながら勘九郎君にうまく伝わればいいな、と。何よりも一緒の舞台に出ていることが一番伝わりますからね。彼は月の前半は一部で『春興鏡獅子』もあるし、ほかに『髪結新三』の勝奴、『狐狸狐狸ばなし』の又市もあるから大変だと思うけど。

    ――野田秀樹さんの『研辰の討たれ』などが初演されたのも納涼歌舞伎でした。観客としてはまたいずれ新作も観てみたいと思ってしまいます。

    そうですね、野田さんに限らず、みんなが活きるものをまたやっていきたいですね。例えば今回は、珍しく私と中村福助さんが一緒に出る演目はないけれど、福助さんなり、中村扇雀さんなり、中村橋之助さんなり、それぞれが一番活きる芝居を探す、そのためにみんなが助け合う。そうやって新しいことに挑戦し続けてきたのが納涼歌舞伎の一番の精神です。だからもし来年以降も納涼歌舞伎があるならば、こちらもいろいろ考えていきたいと思っています。



    取材・文:市川安紀

    プロフィール

    坂東三津五郎(ばんどう・みつごろう)
    1956年、東京都生まれ。九代目坂東三津五郎の長男。62年に五代目坂東八十助、2001年に十代目坂東三津五郎を襲名。09年紫綬褒章受章。『蘭平物狂』など時代物、『髪結新三』『魚屋宗五郎』など世話物、『鳴神』など歌舞伎十八番、『番長皿屋敷』など新歌舞伎、『道元の月』『たのきゅう』など新作まで幅広く演じ、踊りの名手としても客席を魅了する。日本舞踊坂東流の家元でもある。歌舞伎以外の舞台や宮藤官九郎脚本のテレビドラマ、城めぐりの紀行番組など、ジャンルを超えて活躍中。

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