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歌舞伎座ほか全国の公演情報

、インタビュー、ニュースなど 歌舞伎特集

歌舞伎座ほか全国の公演情報、インタビュー、ニュースなど 歌舞伎特集 歌舞伎らんど

  • 山本むつみ
    NHK大河ドラマ「八重の桜」の脚本家
    山本むつみが語る“歌舞伎のある人生”
    山本むつみさんは編集者から脚本家に転身し、時代劇を中心に執筆。今は、NHK大河ドラマの脚本を手掛けている。そんな山本さんは、超がつくほどの歌舞伎好きだという。山本さんにとって歌舞伎とはどんな存在か、聞いてみた。
    取材・文:石塚晶子
  • 時代劇で使う言葉は歌舞伎から教わった

    時代劇の脚本を書く場合、難しいのはその時代にふさわしい言葉だが、歌舞伎好きが幸いし、今の仕事に大いに役立っているという。

    五代目八十助(現三津五郎)さんのサイン入り扇子、仁左衛門さんの手ぬぐいなど「歌舞伎は私の人生になくてはならないものです。今、私が時代劇の脚本を仕事にしていられるのは、歌舞伎のおかげです。脚本はセリフが命ですが、長年、歌舞伎を見ているうちに、時代劇で使う昔の言葉が、耳学問で身についたんですね。町人と武士で使う言葉は違うし、同じ町人でも職人と大店のご隠居では、話し方も変わる。そういうセリフの書き分けが、自然に出来るようになりました。江戸時代の人の考え方がわかるようになったのも大きいですね。昔は、身分や立場で、出来ることの制限がはっきりとありますから、現代の価値観だけで時代劇を書くのはなかなか難しいです。時代の規範の中で生きていく姿を、歌舞伎から教わったということかもしれません」

    山本さんが執筆した『八重の桜』にも、歌舞伎俳優が重要な役で登場している。

    市川染五郎さんには、孝明天皇役でご出演いただきました。高麗屋(染五郎の屋号)代々の伝統を受け継ぐ染五郎さんだからこそ、国を背負う天皇の誇りと苦悩をリアルに演じていただけたと思います。ちょっと袖を払うような仕草ひとつとっても気品があって、本当に素晴らしかったです。もうひとり、中村獅童さんには、猛将・佐川官兵衛を演じていただいています。歌舞伎だけでなく、映像でも幅広く活躍されていらっしゃる方ですが、スケールの大きさ、自然に醸し出される武士の風格は、歌舞伎役者ならではのものですよね。歌舞伎の家の方は、子供の頃から、舞台やお稽古ごとで鍛えていらっしゃいますから、所作もセリフも殺陣もお見事。時代劇には欠かせない存在です」

    山本さんが最初に歌舞伎にふれるきっかけとなったのは、ある1冊の本だったという。『源氏物語』の口語訳や、女性の生き方を描いた作品で知られる作家・円地文子が書いた、歌舞伎を物語としてわかりやすく読ませる本だった。

    菊五郎さんのサイン入り手提げ「子供の頃に、家にあった円地文子の『歌舞伎物語』という本を読んだんです。かなり古い本で、祖母のものだったかもしれません。歌舞伎の演目をストーリー仕立てで書いてあって、舞台写真も幾つか載っていました。その中に『白浪五人男』もあって、女装の悪党・“弁天小僧”の蠱惑的な世界にとても惹かれたんですね。それから、テレビで歌舞伎の舞台中継を見たり、弁天小僧を当たり役にしていた尾上菊五郎さんのファンになって、出演されていた時代劇の『弥二喜多隠密道中』(1971年放送)や、『半七捕物帖』(1979年放送)を見たり。わたしは北海道の旭川出身なので、なかなか生の舞台は見られなかったのですが、札幌で公演があった時は、家族全員で見に行きました。菊五郎襲名公演も行きましたよ。家族揃って音羽屋(菊五郎の屋号)贔屓だったんです」

    大学卒業後、東京で仕事をするようになった山本さんは歌舞伎座に初めて出かけて、その偉容に驚いた。それからは堰を切ったように劇場に通うようになる。

    「初めて歌舞伎座を見た時、でっかい銭湯という印象でした(笑)。北海道では破風屋根の建物はお風呂屋さんくらいだったので。東京に来てからは、毎月、歌舞伎座に通っていました。国立劇場や地方公演も追っかけていましたね。当時はお金がなかったので、ほとんど3階席でしたが(笑)。好きな演目の時は、月に何回か足を運ぶこともあって、4階の一幕見も活用していました。3階席は舞台からは遠いですが、声をかける大向こうの人が近くにいたりして、なかなか楽しいです。かけ声も『音羽屋』とか『高麗屋』といった屋号だけではなく、若手役者には『おとっつあんそっくり!』とか、がんどう返しや屋台崩しといった大掛かりな舞台転換のときには『大道具!』、ラブシーンでは『ご両人!』など、いろいろあって面白いんですよ」

    歌舞伎座だけがもつ空間の虜になって

    山本さんが通う歌舞伎座は、一年中歌舞伎を上演している特別な空間だ。明治22(1889)年に開場し、その後関東大震災や第2次世界大戦の空襲に遭いながらも、歌舞伎の中心地であり続けてきた。その歌舞伎座だけがもっている魅力とはなんだろうか。

    「歌舞伎座の横を通ると三味線の音が聞こえてきたりするでしょう。他の劇場とはまったく違う雰囲気をまとっていて、妖しげで、この空間の虜になるんですね。幕間の時間も楽しいですよ。休憩時間は、舞台写真を買ったり、お稲荷さんをお参りしたり。中の食堂も利用しますが、お弁当を買っていくのも楽しみのひとつ。銀座三越の地下のお弁当や、歌舞伎座の目の前にある弁松のお弁当をよく利用します。お土産もので、毎年、必ず買うのが『歌舞伎カレンダー』。江戸時代の役者絵なのですが、紙も印刷も素晴らしいので、捨てられなくて全部取ってあります。もう20本以上たまってるな(笑)」

    江戸時代の人々は歌舞伎を大きな楽しみとしていた。超人的なヒーローを様式美あふれる型でみせる荒事や、役者の芸を堪能できる舞踊劇、江戸庶民の姿を描いた世話物など、さまざまな上演スタイルで見物客の心を捉えてきた。いつの時代も観客を楽しませることを意識し、柔軟に変化を遂げてきた歌舞伎。最近では野田秀樹や宮藤官九郎ら人気劇作家が新作歌舞伎をつくり、時代にフィットした感覚で観客の心を掴んできた。そんな歌舞伎の魅力や見方について山本さんはこう語る。

    山本むつみさんの名前入り記念メダル 「歌舞伎は人それぞれ、見方が違っていていいと思いますよ。まず、役者を見る楽しみがありますよね。ご贔屓の役者さんを追っかけるところから始めるのが、いちばん入りやすいんじゃないかな。友人は去年亡くなった中村勘三郎さん主演の『野田版・研辰の討たれ』(2001年)で初めて歌舞伎を見て、勘三郎さんのファンになり、今では、毎月欠かさず歌舞伎を見ています。私の場合は、子供心に『菊五郎がハンサムすぎる!』と思ってファンになり、その思いは今でも変わりません(笑)。 もちろん、歌舞伎はドラマとして見るのが面白い。200年も前に書かれた物語ですが、普遍的な人間のドラマがそこにはあって、人間の情は今も変わらないなと思います。人と人との関係性が、濃縮して描かれているのが歌舞伎です。 衣装が好きな友人もいますね。歌舞伎の衣装は本当に良くできていて、デザインの面白さや色遣いの美しさはもちろんですが、“この役柄だからこの衣装にしたのか!”とわかってくると楽しい。音楽にも、長唄、清元、常磐津、竹本などいろいろあって、聞き慣れてくると、それぞれの曲調の違いもわかり、どんどん楽しくなります。同じ演目を何回見ても、毎回、新しい発見があって面白いです。 歌舞伎のセリフは、はじめは何を言っているか解らなくて、ヒアリングにばかり気を取られてしまうかもしれません。でも、全部を聞き取ろうと思わずに、だいたい分かれば、それでいいんですよ。舞台全体を楽しめばいい。古典の美味しいところを味わいつくすには、見る方もやはり努力と馴れが必要です。でも、楽しみながら訓練して、“観客力”をアップしていくだけの価値はあります。知れば知るほど、面白いのが歌舞伎ですから」

    筋金入りの歌舞伎ファン、といっても過言ではなさそうな山本さん。気になる役者も数多いようだ。役者を続けて見ていると、その成長ぶりがわかって楽しいとも。

    「今年3月に染五郎さんと菊之助さんが新橋演舞場で踊った『二人椀久』は、素晴らしかったです。この演目は、亡くなった中村富十郎さんと中村雀右衛門さんが練り上げられたものですが、若いおふたりが“自分たちもいつかやってみたいね”と相談して上演が決まったと聞いています。初役ですが、長年踊りこんだものとはまた違う新鮮さがあり、美しかったですよ! 切々とした心情が伝わってきて、気がついたら泣いていました。これから、何回も上演を重ねていかれる中で、どんな風に練り上げていくのか、それを見続けることができるのも歌舞伎の楽しみです」

    大御所が充実、若手が精進――今こそ歌舞伎を見たい

    今年は4月に歌舞伎座が新開場するなど、歌舞伎界にとって大きな年となった。山本さんは、これからの歌舞伎に何を期待しているのだろうか。

    「今は大御所も若手花形も揃って、本当に充実したいい時だと思います。時代もの、世話もの、上方和事、どのジャンルにも大御所の素晴らしい役者が揃っています。その芸を継承しようとして若手花形役者たちが、懸命に精進している姿も素晴らしい。歌舞伎を見るなら、今です! ずい分前のことですが、ちょっと人生に行き詰まってしまったなあという気持ちのときに、歌舞伎座に駆け込んで、一幕見で『春興鏡獅子』を見たことがあります。美しい女小姓に獅子の精が乗りうつって、最後は勇壮な“毛振り”になります。本当に美しくて、魂が揺さぶられる気がしました。そのとき、“この世の中に歌舞伎があれば、私はなんとかやっていけるな”って思ったんです。生の演劇がもつ力ですね。歌舞伎のおかげで、私はくじけずに生きてこられたようなもので、言わば私の恩人なのです。一人でも多くの人に、その魅力が伝わり、伝統が受け継がれていって欲しいと願っています」

    写真※1~3は、山本むつみさんが所有されている歌舞伎コレクションです。

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